妊娠中、急に血圧が高くなることがあります。
その場合、妊娠高血圧症候群と言われ、血圧の上昇に伴いお母さんや赤ちゃんに様々な影響を及ぼすことがあるため、厳重な管理が必要となります。
妊娠すると、誰しもが起こるリスクがあるため、この病気をしっかり理解し、予防や早期発見することが大切です。
そこで、妊娠高血圧症候群についてわかりやすく解説していきます。
そもそも血圧とは?
心臓から送り出される血液が全身 へと流れていく際に、動脈の内側にかかる圧力 のことを言います。 血圧は心臓に近い血管ほど高く、手足などの末梢血管にいくほど低くなります。 血圧測定 を行うときは、上腕部で血圧を測定します。 血圧は安静時や運動時には常に変動しています。
血圧が高くなると、常に血管に刺激がかかるため、血管が傷みやすくなります。 また同時に、血液を高い圧力で送り出している心臓にも大きな負担がかかります。
血圧の収縮期血圧とは、血液を送り出すときに心臓が収縮して、血管に強い圧力がかかっている状態の値。 拡張期血圧とは、次に送り出す血液をためこむために心臓が拡張しているときの値です。
収縮期血圧 / 拡張期血圧mmHgで表されます。
Contents
妊娠20週以降〜分娩後12週未満に高血圧を発症した場合、妊娠高血圧症候群といいます。妊娠前から高血圧を認める場合、もしくは妊娠20週までに高血圧を認める場合を高血圧合併妊娠と呼びます。
妊娠高血圧症候群は、昔は「妊娠中毒症」と言われていました。
その後、妊娠高血圧症候群(PIH:pregnancy induced hypertension)と名称を変え、
現在は、妊娠高血圧症・妊娠高血圧腎症・加重型妊娠高血圧腎症・高血圧合併症など妊娠中に起こる高血圧症疾患群の総称として「妊娠高血圧症候群(HDP:hypertensive disorders of pregnancy)」と呼ばれています。
この病気は、妊婦さんの約20人に1人の割合で起こります。血圧コントロールが上手く行かずに重症化した場合は、急激な血圧上昇、蛋白尿に加えてけいれん発作(子癇)、脳出血、肝臓や腎臓の機能障害、肝機能障害に溶血と血小板減少を伴うHELLP症候群という合併症を引き起こすことがあります。また赤ちゃんが発育しにくくなったり(胎児発育不全)、出産前に胎盤が子宮の壁からはがれて赤ちゃんに酸素が届かなくなる(常位胎盤早期剥離)、赤ちゃんの状態が悪くなる(胎児機能不全)、場合によっては赤ちゃんが亡くなってしまう(胎児死亡)ことがあるなど、妊娠高血圧症候群ではお母さんや赤ちゃん共に大変危険な状態となることがあります。
妊娠中はお腹の中の赤ちゃんの成長とともにお母さんの循環血液量(体に流れる血液の量)も増えていくため血管に負担がかかりやすくなります。高血圧の状態が続き血管に負担がかかり続けるとタンパク尿や全身の臓器障害を伴うこともあります。
発症の初期は自覚症状がほとんどないため妊婦健診で発覚することが多くみられます。特に妊娠後期にかけておこりやすい疾患です。
この病気の原因については様々な研究が進んでいますが結論は出ていません。最近の研究では、お母さんから赤ちゃんに酸素や栄養を補給する胎盤の形成が上手くできないために、胎盤内でで様々な異常が生じて全身の血管に作用し病気を引き起こすのではないかと言われています。
妊娠すれば誰しもか起こる可能性がありますが、リスクファクターも存在します。
・初産婦(初めての出産)
・肥満
・15歳未満の若年妊婦
・40歳以上の高年妊婦
・妊娠前からの内科疾患(高血圧、糖尿病、慢性腎炎、全身性エリテマトーデス、高リン脂質抗体症候群など)がある方
・高血圧・妊娠高血圧症候群の家族歴がある
・以前、妊娠高血圧症候群になったことがある方
・多胎妊婦
妊娠高血圧症
妊娠20週以降〜分娩後12週未満に高血圧を発症した場合であり、元々高血圧の症状がなかった人が高血圧になることを言います。
妊娠高血圧腎症
妊娠高血圧症に伴ない、蛋白尿、基礎疾患のない肝腎機能障害(採血でわかります)、血小板の減少(採血でわかります)、肺水腫(肺に水が溜まること)、子癇(痙攣発作).、視覚障害(目がチカチカする、視野が狭くなる、何か被ったようにみえるなど)、頭痛、子宮胎盤機能不全(赤ちゃんの発育が上手くいかない、臍帯血流が悪い)などのいずれかがある場合妊娠高血圧腎症と診断されます。妊娠高血圧症と同じく妊婦検診の際の尿検査で発覚することが多いですが、簡易検査では擬陽性となるケースもあります。
妊娠高血症候群の定義では、高血圧が先行している状態で蛋白尿の判定が出た場合に妊娠高血圧腎症と診断されます。高血圧を伴わずに、蛋白尿だけが判定された場合は妊娠高血圧症候群とは診断されません。
蛋白尿が出た場合は血圧に注意して経過を見て行きます。
加重型妊娠高血圧腎症
妊娠20週以前に妊娠高血圧症と診断されて、妊娠20週以降に蛋白尿、基礎疾患のない肝腎機能障害、血小板の減少、肺水腫、子癇、視野障害、頭痛などを伴う場合、加重型妊娠高血圧腎症と診断されます。
初期の内に腎機能障害などが起こる場合もあり、妊娠高血圧症候群の中でもハイリスクな状態です。
高血圧合併妊娠
妊娠前から高血圧症だった人が妊娠した場合には高血圧合併妊娠と診断されます。これまで薬による血圧のコントロールを行っていた人は、妊娠中でも服用できる薬に切り替えが必要です。
妊娠高血圧症と比較すると急激な血圧上昇などは起こりにくく、服薬による血圧コントロールがうまくいけば、正産期まで妊娠を継続できるケースも多いのが特徴です。
妊娠高血圧症候群には分類されませんが、病院で血圧を測定する時にだけ血圧が上がってしまう「白衣高血圧」という症状があります。
緊張から血圧が上がりやすい人に多く、普段はそこまで血圧が高くないのに病院で血圧を測定する時にだけ緊張して高い数値が測定されてしまいます。自宅で過ごす際に適正な血圧であれば特に問題はありません。
白衣高血圧から本当に妊娠高血圧症になるケースもあるので、白衣高血圧の人は自宅で毎日血圧を測定するのが望ましいとされています。
妊娠中は赤ちゃんの成長と共にお母さんの血液量もどんどん増えていきます。そのため妊娠高血圧症候群は妊娠末期に起こりやすい病気です。
発症後も妊娠の経過と共に血圧が上がりやすくなるため、早くから発症する人程重症化しやすい傾向もあります。
妊娠34週未満で妊娠高血圧症候群を発症した人は「早発型」と呼ばれ、特に重症化しやすくハイリスク妊婦になります。
妊娠34週以降の発症を『遅発型』と言います。
収縮期血圧が140mmHg以上(重症では160 mmHg以上)、あるいは拡張期血圧が90mmHg以上(重症では110 mmHg以上)になった場合、高血圧が発症したこととなります。
血圧上昇に加え、24時間の尿を貯める検査(蓄尿)で尿中に蛋白が1日当たり0.3g以上出ること(重症では2g以上)が認められた場合。
治療は、安静と入院が中心で、血圧のコントロールやけいれん予防に対して薬剤を用いて治療することがあります。
しかし、根本的には、高血圧を治す方法はありません。妊娠が継続できるようにお薬を使用して血圧を下げてコントロールし、重症化を防ぐ、お薬を使用して子癇という痙攣発作を予防することに努めます。
また急激に血圧を下げると赤ちゃんの状態が悪くなることがあり、降圧剤は医師が慎重に使用します。
お母さんの臓器障害が起こったり、赤ちゃんの発育や環境にとって妊娠を続けることが良くないと考えられた時には、たとえ赤ちゃんが早産の週数(早く生まれても)でも妊娠を終わらせること(ターミネーション)を検討し、出産することが一番の治療となる場合もあります。
通常、出産後はお母さんの症状は急速に良くなります。ただし重症化した方は、出産後も高血圧や蛋白尿が持続することがあり食事療法や降圧剤での治療でフォローアップすることがあります。
《妊娠中》
メチルドパ(アルドメット)・・・交感神経抑制薬
ヒドララジン(アプレゾリン)、ニフェジピン(ニフェジピン、アダラート)・・・血管拡張薬
初めは内服薬から使用し、使用開始時は副作用や急激な血圧低下の可能性があるため、管理入院し血圧の経過を見る場合もあります。
内服でコントロールできる場合は、自宅で管理することもでき、妊婦健診時にフォローしたり、健診と追加で血圧の経過を見るために外来受診にてフォローすることがあります。
1剤で降圧不可の場合は2剤併用することもあります。
血圧が重症域となり、緊急的に使用する場合は、二カルジピン、ヒドララジン、ニトログリセリンを使用します。
特に二カルジピン(ペルジピン)を点滴することが推奨されています。
重症域(血圧160/110mmHg以上)の場合は管理入院となり、24時間持続的に点滴をし、血圧をコントロールします。
また、重症域で子癇(痙攣)のリスクがある場合は硫酸マグネシウム水和物(マグセント)という点滴を使用する場合もあります。
《産後》
出産後は重症域の場合は血圧が高い状態が継続する場合もあります。
その場合は、二カルジピンの点滴にて血圧をコントロールし、子癇を予防するためにも24時間は硫酸マグネシウム水和物の点滴を実施することがあります。
点滴にて血圧がコントロールできている場合、ニフェジピンCRやアダラートCRの内服薬にて血圧コントロールする場合があります。
退院後も血圧が落ち着いてくるまで内服する場合があります。
血圧が高いときの随伴症状として、頭痛がする、目がチカチカする、虫が飛んでいるような感じがするなどの症状が出てくることがあります。
この場合は、血圧がかなり上昇していることが考えられるため、ご自身の血圧計がある場合は計測してみる、早めに出産施設に連絡をする、入院している場合はスタッフに申し出ましょう。
また、明るいお部屋やPC・スマホ・ゲームなどの画面でも血圧上昇する場合があります。
血圧が高い場合はできるだけ暗いお部屋で静かに休むようにしましょう。
血圧が高めと言われている方は、ご自宅用の血圧計を購入しましょう。
出来れば朝昼晩の1日3回計測しましょう。
症状があるときも計測しましょう。
安静にしていても血圧が140/90mmHg以上を超えている場合はかかりつけ医に相談しましょう。
妊娠高血圧症候群は発症の原因が明らかではありませんが、予防するためにはいくつかの方法がありますのでご紹介します。
①妊婦健診をしっかり受けましょう。
血圧が高くなっていても、自覚症状がほとんどなく妊婦検診で発覚することがあります。そのため、妊婦検診をしっかり受けることで早期に発見することができます。受けましょう。
②体重管理を適切に行いましょう。
急激に体重が増えると、体には負荷がかかり血圧上昇のリスクも高まります。特に妊娠中期以降は1週間の内に500g以上増加しないよう気を付け、妊娠前の体重から計算した適切な範囲での体重管理に取り組みましょう。
非妊時体重(妊娠していない時の体重)のBMI値により決まっています。
BMIの計算式 BMI(体格指数)=体重(kg) ÷ 身長(m)÷ 身長(m)
BMI 18.5未満 12〜15kg増加
BMI18.5〜25 未満 10〜13kg増加
BMI25~30未満 7〜10kg増加
BMI30以上 個別対応(上限5kgまで)
③塩分を抑えた食事を心掛けましょう
味の濃いものを毎日食べていると、血圧上昇のリスクにも繋がります。ですが、過剰に塩分を制限するのではなく、健康な食生活における減塩を心がけましょう。気を付けましょう。
厚生労働省では妊娠中の塩分摂取は1日に6.5g未満に定められています。
インスタント食品、お惣菜、外食、偏った食生活はなるべく控えるようにしましょう。
④十分な休息をとりましょう
妊娠中は無理をせず十分な休息をとりながら過ごしましょう。
極端な過労は血圧を上昇するリスクにも繋がります。また、横になると子宮や腎臓への血流が良くなり血圧も安定しやすくなります。
仕事をされている方は、帰宅時などに一度時々横になり休息するのもいいかもしれません。
妊娠高血圧症候群が重症化すると様々なことが引き起こされるリスクがあります。
怖いお話にはなりますが、血圧が上がることは怖いと言うことを理解し、予防や早期発見・早期治療に心がけて、最悪の事態にならないようにしていきましょう‼︎
HELLP症候群
血圧上昇に伴い、胃の痛み、みぞおちの痛みを自覚する場合があります。溶血性貧血、肝逸脱酸素の上昇(肝機能が悪くなる)、血小板の低下(血を止める作用のある血小板の数値が下がる)などを引き起こし、妊娠中の場合は、すぐに妊娠を終了しなければなりません。そのため、帝王切開になります。しかし早産の週数の場合はNICU(新生児集中治療室)のある病院に救急搬送し帝王切開をする場合があります。
子癇
妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こし、その原因としててんかんや二次性痙攣が否定されるものを言います。前駆症状として、頭痛・頭重感・吐き気・視力の低下・腱反射の亢進・心窩部(みぞおち)の痛み・急激な血圧上昇があり、その後眼華閃発(がんかせんぱつ:目がチカチカする)・視力の減退などが生じ、子癇発作が起こります。子癇発作は急激な血圧の上昇により脳がが浮腫んでしまったために脳浮腫を引き起こします。意識が消失し、痙攣発作がおきます。繰り返し起こす可能性もあり、重篤な場合、脳ヘルニアとなり死に至る可能性があります。子癇発作が起き、妊娠中の場合は痙攣を抑える薬を使用しながら直ちに帝王切開が行われます。
脳出血
もともと脳に動脈瘤がある方や、脳動脈奇形はある場合は血圧上昇に伴い、脳出血を引き起こす場合があります。
可逆性白質脳症
後頭葉の白質という部分を中心に一過性の脳浮腫が起こった状態です。一時的な視力障害などが生じます。
急性妊娠脂肪肝
過剰な脂肪が長時間かかって肝臓に蓄積していくいわゆる脂肪肝が急速に進み急激に肝臓に脂肪が蓄積する病気です。 妊娠の後期と呼ばれる時期、特に妊娠37週頃に発生することが多く妊娠が終結しない限りは肝不全に至る疾患です。ときに妊娠高血圧腎症を伴います。 初期症状として、悪心・嘔吐、みぞおち付近の腹痛、食欲不振、黄疸です。
胎児発育不全
子宮や胎盤での血液の流れが血圧上昇やなんらかの理由で悪くなってしまうと、赤ちゃんが栄養や酸素不足になってしまうことがあります。 この結果、赤ちゃんは十分に育たなくなり(胎児発育不全)、普通よりも体重の少ない赤ちゃん(低出生体重児)が生まれる場合があります。
胎盤機能不全
血圧上昇により胎盤や臍帯の血流が悪くなると、赤ちゃんが酸素不足になり、胎児の心拍に異常(胎児機能不全)が起こりやすくなります。その場合、できるだけ早く出産しないといけないことがあります(帝王切開)。最悪の場合にはお腹のなかで赤ちゃんが亡くなる(子宮内胎児死亡)場合もあります。
常位胎盤早期剥離
本来は赤ちゃんを出産した後に子宮の壁から剥がれて外に排出される胎盤が、妊娠中や分娩前に剥がれてしまうことを言います。赤ちゃんは臍の緒で胎盤とつながり、お母さんから栄養や酸素を受け取ったり、老廃物や二酸化炭素を排出しており、常位胎盤早期剝離が起こると、急激に胎盤の機能ができなくなります。最悪の場合、赤ちゃんが脳性麻痺や死に至るケースもある。さらに、お母さんは大量出血を引き起こし、死亡することもあります。血圧上昇も常位胎盤早期剥離のリスクファクターとなります。
妊娠高血圧症候群、ここまで読まれた方はちょっと怖くなってしまったかもしれません。
血圧は生活習慣に気をつけていても、高くなってしまうことがあり、自覚できないことも多くあります。
血圧が高くなることは誰のせいでもありません。
でも、血圧が高くなるとこんなリスクがあると知っておくことで、気をつけるようになり、早期発見・早期治療で最悪の事態を逃れることができます。
私も実際に現場で働いていて、血圧上昇にともない、HELLP症候群・子癇・脳出血・胎児機能不全・胎盤機能不全・常位胎盤早期剥離になった方を診てきました。頻度としては少ないですが、全く起きない訳ではありません。
ですので、今回知ることができた皆様は、もしもの時のために対処行動が取れるかと思います。
また、妊婦健診をしっかり受診すること、生活習慣を気をつけることで、お母さんや赤ちゃんの安全にも繋がります。
妊娠中の方、血圧が高いと言われている方、妊娠高血圧症候群と診断された方は是非参考にしてみてください‼︎
血圧に気をつけて安心して出産・育児をしていきましょう‼︎
コメント